#205:念願のカキオコ輪行ポタ!「片鉄ロマン街道 探訪」編(09/03/08)
「カキオコ」を堪能した翌日、今日は走りを堪能しましょう。 と言う事で、「西片上」と言えば「片鉄ロマン街道」です。 平成3年に廃線になった「片上鉄道」の跡が、遊歩道/サイクリングロードとして、 過去に何度か走ってますが、春先は初めて・・・さて、どんな景色が待っているでしょうか? |
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3月8日(日)朝8時半過ぎ・・・「望月旅館」を出発。
今回、無理をお願いしたのに、快く泊めていただけました。女将さんに、お礼を言って出発。 素泊まり故に、朝ご飯の買い出しついでに、「片上湾」の景色を1枚。 |
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ここが「片鉄ロマン街道」のスタート。
国道2号線、JR赤穂線のガード下になります。 右の写真が、このルート最大の登りの手前。どことなく、のどかな感じが気に入ってます。 |
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「備前市サイクリングターミナル」です。
最大斜度の坂を上がった所に有ります。 「片鉄ロマン街道」は、正式名称を「岡山県道703号備前柵原自転車道線」と言います。 ですから、けして、自転車だけの物だとは、思わない様にしましょうね! |
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「峠清水トンネル」
全長200mほど。 この時期だと・・・汗をかいていると、 ここで、最大の登りはおしまい。 |
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「清水駅」跡の小公園。
ホームが残されてます。多分、往時のままの位置だと思うのですが・・・。 ま、そんな事は置いておいて・・・ちょっと遅い朝ご飯にします。 |
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緩く上り下りの後、一気に下って来て・・・「中山駅」跡付近。
途中、溜め池が有る辺りに「大中山温泉」が有りますが、ここで寄っちゃうと、 右の写真の右手前方(クルマが停まってる所)辺りが、駅跡だと思うのですが・・・。 |
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「JR和気駅」です。
「国土地理院」の「国土変遷アーカイブ」の航空写真を見ると、現在「片鉄ロマン街道」が 右の写真の地下連絡路は、「JR」から「片上鉄道」のホームへの『乗り換え連絡通路』だったそうです。 |
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「金剛川橋梁」です。
現在は『片鉄ロマン街道』と入ってますが、現役当時は『同和鉱業片上鉄道』と入ってました。 「金剛川」では、春先の日差しの下、「寒ハエ」釣りでしょうか? |
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「本和気(ほんわけ)駅」跡。
と言っても、この駅名表示以外は残っていません。それに、位置も少し違う様な・・・。 すぐそばに、休憩出来るベンチなども有ります。 |
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「和気鵜飼谷交通公園(通称:和気ドーム)」と「鵜飼谷温泉」。
休憩場所にお勧めなのが「和気ドーム」。ここには、奇麗なトイレが有ります。 「鵜飼谷温泉」は、一度泊まってみたいなと・・・「和気駅」スタート/ゴールの方には、 左の写真の奥の方、左手に「益原駅」跡が、ホームをコンクリートで固めた状態で残ってます。 |
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「安全地蔵様」。
「益原駅」跡から、「国道374号線」沿いに出て、左手に大きな堰を見て、もう少し。 「片上鉄道」当時は、踏切だった場所だそうで、安全祈願の「お地蔵様」。 |
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「天瀬駅」跡、です。
跡と言っても、写真の様に、ここには駅舎まで、修復保存されてます。 駅の向いの山は、ちょうど「梅」が花盛りで、良い香りが漂ってました。 |
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「天瀬駅」跡から「柵原」方面を見て。
春霞の様な感じですが、風も無く、 駅舎の裏手の木は「桜」。 今年は「桜」の開花が早い様なので、 |
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満開の「梅」の木の下で。
「天瀬駅」跡を出て、すぐ。左手に、白い花に包まれた木が数本・・・白い固まりの様。 |
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「天神山トンネル」・・・素掘りの2連トンネル、です。
右手の山が「天神山」で、戦国時代の山城が有った所。 何度か来ましたが、その度に、景色が違う。今回は、トンネル内の補修の足場(?)。 |
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「河本駅」跡の先の「吉井川」河川敷部分。
「天神山トンネル」を出て、左に川沿いに曲がった辺りに「河本駅」は有ったそうですが、 駅の先で「片上鉄道」は「吉井川」の河川敷を走ってました。 右の写真は、次の駅の「備前矢田」方面。東屋の辺りは「大舟着川市跡」で、河川交通の名残りの地か? |
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「龍ヶ鼻陸閘門」です。
「河本駅」先から河川敷を走ると言う事は、「吉井川」の堤防の一部を切る訳で。 左の写真、「陸閘門」先の登りスロープは、「片鉄ロマン街道」整備の際に造られた物。 |
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「片上鉄道」当時の架線柱。
鉄道ファンの間では「蠅叩き」とか 「片鉄ロマン街道」の沿線には、 この先、緩く右に曲がって、道路の下を潜り、 |
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「備前矢田駅」跡です。
長いホームが残されてます。ホームの反対側の空き地(散髪屋さんとか、建って来てますが)は、 |
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駅の「柵原」側の外れには、信号機も残ってます。
信号機の左手奥の山の部分・・・右の写真が拡大ですが、山上からは『雲海』が見えるそうです。 |
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「苦木駅」跡・・・ここも、駅舎が修復保存されてます。
「片鉄ロマン街道」で、駅舎が残されているのは、先ほどの「天瀬駅」と、ここと、「吉ヶ原」。 |
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振り返った所に、ずれて、有ります。
狭いスペースを有効に使う為か、 この日、地元の方々が、下草刈りと植樹を |
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「苦木駅」跡から見える「吉井川」の「河ノ瀬の石堤」
「高瀬舟」の河川交通時の遺跡です。ここは川が急激に曲がっているので、事故が多かったそうです。 鉄道によって廃れた河川交通の跡を、クルマによって廃れた鉄道跡から見る・・・です。 |
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「杖谷駅」跡の石碑。
民家の庭先の小屋とホームと言う、簡素で面白い駅だったそうですが、民家もろとも有りません。 路盤跡の「片鉄ロマン街道」は、緩やかに川沿いに進んで行きます。 |
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「備前塩田駅」跡先の路盤跡。
「備作大橋」へのアプローチから見えます。 「備前塩田駅」の跡は、奇麗に整地され、 路盤は、この先「吉井川」を橋で越えてました。 |
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「備前福田駅」の駅名板。
「備作大橋」を渡って、消防署そばに有りますが、実際の場所は、ここでは有りません。 |
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消防署を過ぎた信号の所から、 「片鉄ロマン街道」は堤防上を走ります。 小さな川に沿って、「吉井川」堤防に出て、 ここで、左右を見てみると・・・。 |
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左の写真が「周匝」の町側で、右の写真が「備前塩田駅」方面。
上の写真の自転車を停めた位置を基準に撮ってます。 そのまま川に目をやれば・・・「吉井川第一橋梁」の橋脚の跡が、しっかり残ってます。 |
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「吉井川第二橋梁」跡の人道橋。
「周匝」の町を抜けて来た「片上鉄道」は、「吉井川第二橋梁」で「美作飯岡(みまさかゆうか)駅」へ。 右の写真は、橋から「周匝」の町を振り返った物で、右手に延びる方が、廃線跡を利用した道路。 |
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「美作飯岡(みまさかゆうか)駅」跡です。
人道橋を渡って、砂利道が路盤跡です。ホームが残ってますので、すぐに分かります。 「片鉄ロマン街道」は「周匝橋」を渡った先で、「吉野川」沿いに「鷺橋」まで、 |
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「美作飯岡」の町外れの国道を越えていたガード跡と、その先の、国道の廃道部分。
「美作飯岡駅」を出て、町の中を緩やかに曲がって「吉井川」堤防に出ていた部分(写真:左)。 「片鉄ロマン街道」は堤防の上を行くので、よく見えます。 |
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緩やかな峠(?)の石碑。そして「吉ヶ原駅」跡。
何度も、来てますが、読めません(笑)。 堤防上から離れて、緩やかに坂を下って・・・その時には、右の写真の電車が見えて来てます。 |
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「吉ヶ原駅」跡、ホームの端から。
左の写真が、「柵原」方面。駅の構内の一部も残され、車両が動態保存も含め、公開保存されてます。 右の写真は、振り返って「片上」方面に隣接する「柵原鉱山資料館」です。 |
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「吉ヶ原駅」駅舎です。
文化庁の、登録有形文化財の指定を受けてます。 |
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駅舎の中の様子です。
左の写真、左の窓口が手荷物品取り扱い所で、右の窓口が切符販売みたいです。 |
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駅の北側「柵原」側の踏切にて。
左の写真、自転車の向こうの小さい踏切が、現役当時の一般用の物。 振り返って「吉ヶ原駅」構内の図。広い駅だったんですねぇ・・・ん?線路上に、自動車? |
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「軌陸車」とドアに書かれてます。
鉄道保全用の特殊車両みたいですねぇ。 |
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「柵原鉱山」で使用されていた車両たち。
左の車両は、バッテリータイプ。で、右は、パンタグラフが付いてますね。 |
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合わせて、「高瀬舟」も展示されてます。
「岡山県」には3大河川の「高梁川」、 「片上鉄道」が出来るまでは、 さて、それでは、帰路に着きましょう。 |
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「片鉄ロマン街道」に来たら、立ち寄る「讃岐うどん むらさき 和気店」さん。
「JR和気駅」近くに有る、「讃岐うどん」のチェーン店です。 ここで、帰路の列車の算段も。 |
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ここからは「鉄道の旅」です。
「JR西片上駅」14:40発「播州赤穂」行きに乗車します(写真:左が「西片上駅」)。 右の写真は「JR野洲駅」で、「米原」行きの列車を待つところ。 |
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「JR米原駅」で、最後の乗り換え。
やっと、バリアフリー化工事が終わって、ホーム間移動に、エレベーターが使えました。 この列車に乗って、最寄り駅の「JR尾張一宮駅」まで。20時には自宅に到着でした。 いきなり、思い立っての二日間の「カキオコ」ポタでしたが、大満足! 記事中にも書いたけど、「桜の天瀬駅」を見たいな・・・。 本日の走行距離:約70kmでした。(鉄道乗車時間:約4時間半) |
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