#234:「北国脇往還で行く山東方面探訪ポタ」(10/04/24)


昨年、「北国脇往還」について知り、本まで購入したのですが、そのままで(笑)。
何度か再行を試みたのですが、「関ヶ原」以西の天候が良く無く断念してました。

やっと春らしい天気になって来ましたので、得意の『だいたい街道シリーズ』で
「北国脇往還」と「旧山東町」方面を楽しんで来ました。

御一緒いただいたのはミツさん。有り難うございました!


「関ヶ原町役場」から出発!

今回のスタートは、ここ。広い駐車場が有るので、車を置いておくには良いかも。
建物の北側に守衛室が有りますので、一言お願いしてから置きましょうね!

右の写真は「関ヶ原合戦」の際の「家康最終陣地」。
「関ヶ原町役場」の周りには「歴史民族資料館」も有りますので、お時間が有れば、どうぞ!


「国道365号線」を渡って、旧街道へ。

「家康最終陣地」の横の道は、「東海道本線」が最初に開通した際の線路道跡。
#203:「北近江方面 行けるとこまでポタ!」(09/02/28)を参照ください)
それを北に向かい「国道365号線」に合流した先は、国道が線路跡になります。

今回は「北国脇往還」をだいたいトレースなので、国道を渡って、写真の様な街道風情の道に。
民家の庭先に、右の写真の様な桜を発見!1本の木に2色の花を付けてます。
「梅」には、確か『思いのまま』と言う同じく2色の花を付けるのが有ったような・・・。
それにしても、綺麗な青空で気分が良いです♪


街道風情の道を・・・「玉」の集落です。

写真の様に、結構、斜度が有ります。ですので、ほとんどのお宅が石垣の上に建てられてます。
ゆるゆると曲がる道と石垣が、街道風情を盛り上げます♪

集落を抜けた先、「北国脇往還」は道路改良のせいで抜けられないらしく、
以前通った際も、行けるところまで行って戻りましたが、ミツさんは初めてなので、行ってみます。


集落を抜けた先の「北国脇往還」は・・・。

つづれ折れの道を降りて、左の写真の様な道を進んで行くと・・・。

右の写真の通り、倒木で「北国脇往還」は塞がれてます・・・。
当然、ここは「玉」の集落まで戻り「国道365号線」へ。


当然、戻って「国道365号線」へ・・・と、ならないんです。(笑)

某サイトの影響か、はたまた、良い年して冒険心が抑えられないのか・・・。
倒木の向こうを観察してみるとダートですが・・・『あら、行けそうな感じ♪』と。

倒木の下をくぐり、ダートの道を進むと、左の写真の場所に出る事ができました!
街道横には石垣も有って、ずっと道が続いてます。

が・・・最後は右の写真の様に、小さいですが川に分断されていて・・・。
今度こそ、戻るしか無いかな・・・。


またまた、戻って「国道365号線」へ・・・と、ならないんですね。(笑)

徒歩で渡れないかと下見して・・・渡れそうなので、渡っちゃいます♪
常識の有る大人は、真似しちゃ駄目です(笑)。

坂道を上って、国道に出る所から、来た道を見下ろしてみました(写真:右)
写真の中の、川沿いの左側の岸の道を進んで来たんです。
天気が良いせいもありますが、良い景色ですよね♪・・・お気に入りの場所が増えました。


国道を渡って、坂を上がって。

「藤川」の集落に入って行きます。
ここも結構な斜度が有りますが、
「北国脇往還」をトレースですから。

登りだったので写真を撮ってませんが、
凄く立派な邸宅が有りました。
本陣をつとめていた家だそうです。


上り坂が一段落した辺りに廃校っぽい場所が有りました。

フェンスで囲まれた広場に、それに沿う様に植えられている桜の木。
この条件が有れば、だいたい「廃校跡」なんですが・・・有りました『藤川分校跡』だそうです。

で、ミツさんとの宿題・・・『校舎はどこに有ったか?』
「国土変遷アーカイブ」の航空写真を見ると、現在グランドの様になった部分に有った様です。
それと、分校の北側の、現在、雑木林になっている部分は、ずっと奥まで棚田だったみたいです!


またまた『廃』な物を発見!

「藤古川」の現在の橋の横に、廃棄された昔の橋を発見♪
橋の上には雑草が生えてますが、往時は、簡易舗装だったのかな?

で、北側を見上げると・・・青空と「伊吹山」が見えて。ほんと良い天気です♪


「寺林」集落の「光了寺」にて。

実は、「寺林」の集落に入ってから「北国脇往還」から外れてまして・・・集落の外れで発覚!
案内板が有ったので、それによると、写真の「光了寺」の前を通る道が正しいみたい。

と言う訳で、リルート(と言っても、少しですが)して「光了寺」へ。
お寺の本堂の横に、右の写真の手作り案内板。
黄色の太い道が、近世の「北国脇往還」で、その下の曲がりくねった細い黄色の道が、
戦国時代の「北国脇往還(案内板では『北国海道』となってます)」だそうです。


「寺林」集落の終わりにて。

集落の外れの「北国脇往還」と「上平寺」へ向かう街道の分岐の様です。
お地蔵様や、名も無い石仏(?)、句碑が有りました。

で、「上平寺」集落方面を眺めると、雄大な「伊吹山」と青空。
でも、風が強くなってて・・・自転車が倒れそうでした。


林道の様な道です・・・が、一応「県道」なんです!

当然、ダートです。途中、ブルドーザーで無理矢理、道を付けた様な所も有ります。
が、一応、「県道531号線」であり「北国脇往還」なんですよ・・・。

ですが、「木之本」へ向かう広域農道(だったと思う)に出る辺り、地図と違ってます。
でも、分岐なんて無かったんですけどねぇ・・・???


「大清水」の集落に入って・・・春らしい景色です。

「北国脇往還」は広域農道を進み「弥高」から南西方向、「春照(『すいじょう』と読みます)」へ。
ですが、お昼用の水を調達したいので、広域農道を少し走って、「県道531号線」を「大清水」へ。
写真は無いですが、長い下りの快適な道でした。

八重桜に、1本に2色の花を付ける桜、そして新緑と、春爛漫な景色です。


「大清水」の「泉湧水神社」です。

ここも有名な名水なので、あちこちから汲みに来る方が多いです。
車が多くなると地元の方にとっては、迷惑な話で・・・車両侵入制限されてます。

肝心の水は、写真の「御神水拝受所」にて、右の写真のホースから汲みます。
人は多いですが、写真の様に汲める場所が多いせいか、他と比べて、殺伐はしてませんでした。


「泉湧水神社」を後に・・・ランチ予定場所へ。

「名水の里 大清水」の石碑の有る交差点から、大きな道を進めば良いんだけど・・・。
つい、左の写真の様な道へ♪理由は・・・おもしろそうだから(笑)。

ですが、他人の庭に入って行くみたいで、ここは大人しく戻りました。
しかし、帰宅してGPSを見ると、そのまま行けた様です・・・残念!

大きな道を快走しつつ、春の景色を堪能しました!(写真:右)


ここでランチ♪・・・「伊吹せんろみち」終点です。

「住友大阪セメント」への専用線の廃線跡を遊歩道化したのが「伊吹せんろみち」。
写真の様に東屋も有るので、風が強い時に火器を使用するには都合良い♪

ランチの中身は、「関ヶ原町役場」への移動の途中、「グルマン垂井本店」で、美味しいパン!
それに「泉湧水神社」で汲んで来た水で、今日は紅茶を♪

少し風は強いですが、ポカポカの日差しの下で食べるランチは美味いですねぇ♪


ランチの後は・・・再び「北国脇往還」をトレースです。

「春照(すいじょう)宿」です。中心部の本陣跡に「北国脇往還」の説明が有ります。
私は、ここで初めて「北国脇往還」を知ったんです!


「北国脇往還」と「長浜道(朽木街道)」との分岐です。

「春照宿」の外れ、八幡神社の境内の角に、写真の道標が有ります。
「左 ながはま 右 ○国 きのもと えちぜん」と有ります。

「長浜道(朽木街道)」は「石田三成」の『お茶の逸話』の「観音寺」へ向かい、
山越えして「長浜」へと向かう街道です。


「小田(やないだ)」の集落入り口辺り。

「春照」から少し山の中を通り、水路の有る通りに出た所。
道標が有って「右 江戸へ 左(?) 山中へ」と有りますが・・・「山中」って?


「小田(やないだ)分水」です。

昔から、水の分配で争いが多かったのでしょうか?大規模な農業用水の、分水機構が有ります。
(説明板に書いてあると思うんですが、読んで無い!)

「北国脇往還」は、写真のトラックが停まっている所から北方向、田んぼの中へ。


「小田(やないだ)分水」からの「北国脇往還」。

田んぼの中のあぜ道が、だいたいそうだと思われます。(もちろん、往時のままじゃないでしょうが)
「姉川」にぶつかる所には、橋の残骸が有ります。

この先「北国脇往還」は、右の写真の山裾を通っているそうですが、
ほぼ林道らしいので、時間の関係で、今日は止めにしておきます。


「井之口分水」です。

先ほどの「小田分水」から分かれた水が、ここでまた分配されてます。
円形をしているのは、より公平に分水されるように、と言う配慮からだそうです。

分水の有る所は、右の写真の様な、なかなか良い感じの所♪
ここでも、お茶すると気分良さそうですね!


「相撲庭(すまいにわ)」の集落にて。

読みが難しい地名が続きますね・・・どう読んでも「すもうば」。

左の写真、良い感じの建物で、古い町役場かなと思いましたが、扉に『養蚕○○○』と。
建物から想像するに、養蚕の繭を集積・出荷していたのかな。

町中を細い用水が流れていて、水神様を祀った社が有りました。

「相撲庭」の集落を通っている道は「北国脇往還」では有りませんが、
古い街道風情の有る道で、きっと近年は、ここがメインの道になっていたのでは無いでしょうか?


「北国脇往還」を離れて、帰路に着きます。

時間的に、そろそろ帰路に着く事に・・・車を置いた「関ヶ原」まで戻らないと。

こんな長閑な景色を眺めながら、「国道365号線」に出てすぐ、「長浜」方面へ。
そして、すぐ南下して「観音坂トンネル」で「関ヶ原」方面の予定です。


田んぼの中の道を・・・。

風は少し強いですが、ここからは追い風方向なので、少し楽かな。
山には、まだ「山桜」が咲いていて、目を楽しませてくれました。

田んぼの中の道を、いくつかの集落を繋いで行く様に走って・・・。


集落の中を綺麗な用水が流れて・・・こう言う町、好きなんです。

幾つ目の集落だったか覚えが有りませんが、「石田三成」の出生地の「石田町」です。
その中心部の十字路の所に「姉川合戦」に関しての説明板が。
そして「石田三成」の屋敷跡が有ると言う事なので、そちらへ向かってみます。


「石田三成 屋敷跡」の「石田会館」です。

屋敷跡に建てられていて、時間の関係で中は見てませんが、資料館になってます。
敷地内には、「石田三成」に関する史跡の案内図が有りました。
(右の写真の下の方の建物が「石田会館」です。)


「朽木街道」に出て。

「春照」の集落の外れの道標に有った、
「長浜道(朽木街道)」です。

この先、街道は山越えするんですが、
自転車で走れる道でも無さそうなので、
大人しく「観音寺トンネル」に向かいます。

時間が有れば、挑戦してみたいのですが(笑)。


「朽木街道」山越えの「観音寺」側です。

「石田町」側は、つづれ折れの階段状になってましたので、担ぎはパスと言う事に。
で、「観音寺トンネル」を抜けて『三杯の茶』の逸話の「観音寺」へ。

お寺のすぐ前の、山に向かう道が「長浜道(朽木街道)」なので、山際まで行ってみました。
小さな道標が有って「左 さめが井 右 たにくみ(?)」と。


『三杯の茶』の逸話の、「三成」が水を汲んだとされる井戸。

お寺のすぐ前の池の西側、山裾に有ります。ほんの小さな井戸(?)です。

振り返ると、雄大な「伊吹山」を望む景色・・・青空が綺麗でした。


「観音寺」の山門です・・・ここが正面。

「観音寺」の本堂は、ここから奥に山を上がって行った先に有ります。
何年か前に立ち寄った際、たまたま、お祭りの最中。地元の子供たちと、本堂まで行ったなぁ。


「グリーンパーク山東」の「三島池」に寄り道。

ここも、お気に入りの場所なので、「関ヶ原」以西が初めてのミツさんに紹介したく寄り道。

ここの池の景色、四季折々で、いろんな表情を見せてくれます。
暑い夏場には、右の写真の東屋で、池を抜けて来る風に当たるのが心地よかったり♪


「春照」の集落に戻って来て・・・。

写真の「米原市商工会 伊吹支所」前から、
「国道365号線」に向かう、まっすぐな道。

以前も書きましたが「国道365号線」は
明治時代の「東海道線」で、この道の先に
「春照駅」が有りました。

つまり、この道は「春照」の集落から駅へ
向かう道なんですね!


「春照」の集落からは「伊吹せんろみち」で♪

ランチを食べた終点に戻り、そこから「伊吹せんろみち」を南に。
綺麗に遊歩道として整備されていて、下り基調なので快適に。途中、2連トンネルが有ったりします♪

まさに「鉄道カーブ」の曲がりの道を、追い風に押されながら快走。

そして最後は、鉄道橋を改造した橋で「天の川」を渡って、おしまい。
距離は短いですが、是非、走ってみてください!


「柏原宿」から「中山道」で。

「柏原宿」に広域農道で抜けて、「中山道」を通って「関ヶ原」まで戻りました。
右の写真は「中山道」の「ケヤキ並木」。今の時期、新緑が綺麗です。

「北国脇往還」をだいたいトレースの予定でしたが、ダート部分にも踏み込んで、
トレース度は高くなったのでは無いでしょうか。(笑)

旧街道や歴史的な物、懐かしい風情を求めていると、ダートの遭遇率が上がって来ますので、
最近は、MTBが良い旅の友になってくれてます。

本日の走行距離:約49.9kmでした。